中国帰国者のサポートセンター。

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.06-6321-1967

〒533-0024 大阪市東淀川区柴島3-10-19






名称   一般社団法人 大阪中国帰国者センター
代表者氏名 辻本 角義(ツジモト スミヨシ)
設立の経緯
 
昭和48年(1973年)3月、山本慈昭氏を会長として「日中友好手をつなぐ会」(本部:長野県)が発足、昭和49年8月より、本格的に「残留孤児の肉親捜し運動」が開始されました。
 山本は自らも満州、シベリアでの苦難を体験しており、「最後の一人を捜し出すまで」と誓ってこの運動に身を投じ、のちに「中国残留孤児の父」と呼ばれた人です。
 大阪中国帰国者センターの前理事長竹川英幸も、山本の活動によって肉親に巡りあえたひとりでした。竹川は、昭和50年(1975年)よりこの「残留孤児の肉親捜し運動」に参加し、「日中友好手をつなぐ会」大阪支部としての活動を経て、昭和59年(1984年)年3月3日、社団法人大阪中国帰国者センターを設立しました。

沿革
昭和59年3月3日



昭和59年4月1日



昭和61年12月1日



昭和61年12月20日


昭和62年12月19日


平成5年8月1日



平成8年11月30日


平成18年4月1日


平成19年4月1日


平成20年3月31日


平成20年4月1日


平成20年4月8日

平成22年7月1日


平成23年9月13日

平成23年10月19日

平成24年3月31日

平成24年3月26日


平成25年4月1日
昭和48年から中国残留日本人孤児の肉親探し運動を続けてきた「日中友好手をつなぐ会」(本部:長野県、当時の会長:山本慈昭師)の大阪支部を母体にして、法人の認可を受ける。

大阪市西区立売堀4丁目10番10号、元・大阪市立中央児童相談所跡の建物を、大阪市当局から無償で借り、孤児等の帰国者を対象に日本語教育、生活指導、帰国援護を行う。

全国のモデルケースとして、厚生省(当時)の委託を受け、大阪中国帰国孤児定着促進センター日本語指導部としての業務を開始。

大阪市城東区成育5丁目22番16号、元・大阪第3社会保険事務所跡の建物を国から無償で借りて移転する。

厚生省の委託を受け、大阪府中国帰国者自立研修センターの一教室として、自立を目指した実践的日本語指導を開始。

城東区の建物を大阪市が老人福祉施設に建て直すことになり、大阪市淀川区元今里の博愛社建物の3階部分を有償で借りて移転。

日本財団の補助金を得て、大阪市東淀川区柴島の大阪府有地(有償賃貸)に念願のセンター会館を建設し移転する。

定着促進センターの生活指導部がセンターに移転、生活指導業務を開始する。

厚生労働省職業安定局の委託を受け、就職援助事業を開始(〜平成20年3月31日)。

国費帰国者の減少に伴い、定着促進センターの委託事業が終了。

大阪市健康福祉局の委託を受け、大阪市中国残留邦人等支援相談業務を開始する。

大阪中国帰国者定着促進センター閉所式を挙行。

仏像彫刻教室、日本語再学習教室、交流クラスを開講。

パソコン教室開講。

井高野交流クラス・訪問事業開始。

仏像クラス閉講


大阪府中国帰国者自立研修センター閉所
(中国残留邦人等に対する日本語支援事業を大阪市に移行)

中国残留邦人等に対する日本語支援事業を大阪市にて継続


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